2026/06/07
『家族×仕事 10年の追跡調査が示す、変わる個人・変われない構造』の要約と考察
人と組織のリポート読解
今回は、リクルートワークス研究所のリポート『家族×仕事 10年の追跡調査が示す、変わる個人・変われない構造』を取り上げます。
このリポートは、30〜59歳の人々を「配偶者の有無」「本人・配偶者の就業形態」「同居の子の有無」などから15類型に分け、この10年間で「家族」と「仕事」の関係がどう変化したのかを分析したものです。
一見すると、少子化、共働き、単身化といった社会問題のリポートに見えます。
しかし、企業のマネジメントという視点で読むと、より大きな問いが見えてきます。
企業がいまだに、
「標準的な社員像」を前提にしていないか。
毎日安定して働ける。
仕事を最優先にできる。
家庭の事情に大きく左右されない。
残業や異動にも対応できる。
キャリア形成のための学びも自分で確保できる。
これまでの企業は、どこかでそうした社員像を前提に、人事制度や業務設計をつくってきたのではないでしょうか。
しかし、現実の社員の生活背景は、すでに大きく変わっています。
・単身で働く人。
・共働きで子育てをする人。
・介護を担う人。
・非正規雇用で働く人。
・配偶者が働いていない世帯。
・家族以外とのつながりが乏しい人。
・仕事以外に、治療、学び、副業、地域活動などの役割を持つ人。
社員は、会社の中だけで生きているわけではありません。
この当たり前を、企業がどこまで人材活用の前提にできるか。
今回のリポートは、その問いを投げかけているように感じました。
この10年で変わったこと
リポートでは、「家族」と「仕事」を巡る10年の変化として、いくつかの大きな動きが示されています。
30〜59歳人口のうち、配偶者も同居の子もいない正社員の割合が、2015年の16.3%から2024年の21.7%へ上昇。
片働き世帯が減少し、夫婦がともに働く、さらに正社員同士で働く形が増加。
単身正社員の増加や夫婦の働き方の変化は、首都圏だけでなく、地方にも広がっている。
夫婦の働き方にかかわらず、有配偶者の平均子ども数は低下傾向にある。
まず、単身正社員の増加です。
30〜59歳人口のうち、配偶者も同居の子もいない正社員の割合は、2015年の16.3%から2024年の21.7%へと上昇しています。
雇用や収入が安定していても、配偶者を持たない人が増えている。
これは、単に「結婚に価値を感じなくなった」という話ではありません。
男性には経済的責任へのプレッシャーがあり、女性には結婚によって自由やキャリアが制約される懸念がある。つまり、結婚したいかどうか以前に、結婚を選びにくくする構造が残っているのです。
次に、「夫婦で働く」選択の拡大です。
片働き世帯の割合が減少し、夫婦がともに働く、さらに正社員同士で働く形が増えています。
これは、女性活躍が進んだ結果でもありますが、それだけではありません。
物価上昇、男性収入の伸び悩み、家計の余裕の縮小。
そうした現実の中で、夫婦がともに働かざるを得ない側面もあります。
共働き化は、選択肢の拡大であると同時に、生活防衛でもあるのです。
さらに、こうした変化は都市部だけでなく地方にも広がっています。
「地方はまだ保守的」という見方だけでは、現実を見誤る可能性があります。
一方で、「子どもを持つ」選択は後退しています。
夫婦の働き方にかかわらず、有配偶者の平均子ども数は低下傾向にあります。背景には、経済的負担、時間的負担、キャリアへの影響などが重なっています。
つまり、個人の価値観が変わっただけではありません。
希望があっても、家族を持つことを選びにくい構造が残っているのです。
変わる個人、変われない構造
このリポートの副題にある「変わる個人・変われない構造」という表現は、とても象徴的です。
個人の選択は変わっています。
・単身で働く人が増えている。
・夫婦でしっかり働く人が増えている。
・家族の形も働き方も多様になっている。
しかし、社会や企業の構造は十分には変わっていません。
リポートでは、残された課題として、正規・非正規格差、子どもがいる女性で賃金が低くなりやすい構造、家族・親族以外と暮らす選択の難しさ、家事の自動化・外部化への消極性などが指摘されています。
特に重要なのは、子どもがいる女性で賃金が低くなりやすい構造です。
夫婦がともに働くようになっても、出産や育児をきっかけに、女性の労働時間や収入、能力開発機会が制約されやすい状況は残っています。いわゆる「母親ペナルティ」です。
一方で、男性もまた長時間労働によって、家族との時間を持ちにくい状況に置かれています。
つまり、この問題は女性だけの問題ではありません。
家族を持つこと。
働き続けること。
成長すること。
家族と関わること。
それらを無理なく両立できる構造が、まだ十分に整っていないのです。
3つの問題
リポートでは、「家族」と「仕事」を巡る構造的問題を、3つの言葉で整理しています。
家族に関わる事情が仕事やキャリアを制約し、仕事に関わる事情が家族形成を制約する。
多様な生活背景が見えにくくなり、他者への配慮が「ずるい」と受け止められやすくなる。
単身化や職場の関係希薄化により、頼れる人や相談できる人を持ちにくくなる。
1. 二重の足かせ社会
家族に関わる事情が仕事やキャリアの選択を狭める一方で、仕事に関わる事情が家族形成の選択を阻む。
家族が仕事を縛り、仕事が家族を縛る。
その相互制約が、個人の希望だけでなく、少子化、労働力不足、キャリアの硬直化にもつながっています。
2. ずるいずるい社会
家族構成や働き方が多様になると、人によって抱える制約が違ってきます。
・子育て中の人には、子育ての大変さがある。
・単身者には、孤立や長時間労働の問題がある。
・介護を担う人には、時間的制約がある。
・非正社員には、経済的不安がある。
・共働き世帯には、慢性的な時間不足がある。
しかし、他者の背景は見えにくいものです。
見えやすいのは、自分にかかっている負担と、他者が受けているように見える配慮です。
その結果、「あの人ばかり配慮されている」「自分だけ損をしている」という不公平感が生まれやすくなります。
支援そのものが悪いのではありません。
問題は、支援が一部の人への例外対応にとどまり、職場全体の業務設計や働き方の見直しにつながっていないことです。
3. 関係縮小化社会
日本では、人間関係が家族と職場に集中しやすい傾向があります。
しかし、単身化が進み、職場のつながりも希薄化すると、安心や挑戦を支える関係性が細っていきます。
・困ったときに頼れる人がいない。
・仕事やキャリアについて相談できる人がいない。
・新しい挑戦を後押ししてくれる関係がない。
これは、個人の孤独の問題であると同時に、社会や企業の活力にも関わる問題です。
人は、関係性の中で支えられ、学び、挑戦します。
その関係性が弱まれば、人は動きにくくなるのです。
企業に求められるのは、例外対応ではなく前提の転換
このリポートを企業の視点で読むと、最も大事なのは、社員の多様な生活背景を「例外」として扱わないことだと思います。
育児中の社員だけが特別なのではありません。
介護中の社員だけが特別なのでもありません。
治療、学び、副業、地域活動、家族との時間、孤立の問題、将来不安。
社員はそれぞれ、仕事以外の人生を持っています。
にもかかわらず、企業の業務設計や人事制度が、いまだに「仕事中心で動ける社員」を標準にしていると、さまざまな歪みが生まれます。
特定の事情を持つ社員だけに配慮する。
その分を周囲の社員が引き受ける。
周囲に不公平感が生まれる。
当事者は肩身の狭さを感じる。
結果として、当事者も周囲も意欲を下げる。
こうした構造は、多くの職場で起きているのではないでしょうか。
リポートでは、社員の多様な人生と企業の成長をつなぐために、4つの取り組みが示されています。
非効率な業務を見直し、時間制約の有無にかかわらず成果を出せる仕組みに変える。
生活背景によって成長機会が偏らないよう、学びや評価の仕組みを透明にする。
育児や介護だけを理由にせず、幅広い社員が柔軟な働き方を使えるようにする。
社員が仕事以外で得た経験や視野を、組織の成長にもつながるものとして捉える。
これらは福利厚生ではありません。
人手不足が進み、働き手の生活背景が多様化する時代に、企業が持続的に成長するための経営戦略です。
考察:人が、自分の人生の中に「働く」を置き直す時代へ
このリポートを読んで、私が最も強く感じたのは、これからの企業は「働く」を、社員の人生全体の中で捉え直す必要があるということです。
これまでの会社は、どこかで「働く」を中心に人を見てきました。
・仕事があり、その周辺に家庭や生活がある。
・会社があり、その外側に個人の人生がある。
・社員は、まず仕事に合わせるものだ。
しかし、これからはその発想だけでは限界があります。
人には生活があります。
家族があります。
健康があります。
学びがあります。
孤独があります。
ケアする相手がいます。
誰かに頼りたい時期も、誰かに頼られたい時期もあります。
その人生の中に、「働く」がある。
もちろん、企業である以上、成果は必要です。
生産性も、責任も、顧客への価値提供も欠かせません。
けれど、人の人生を無視したまま成果だけを求める働き方は、もう持続しにくくなっています。
社員の人生を大切にすることは、甘い話ではありません。
人が働き続け、成長し、力を発揮するための経営の土台です。
自社で考えたい問い
今回のリポートは、企業に多くの問いを投げかけています。
自社では、社員の生活背景をどこまで把握できているでしょうか。
社員を「仕事中心で動ける人」として暗黙に想定していないでしょうか。
育児や介護など、特定の事情を持つ社員への配慮が、周囲の負担や不公平感につながっていないでしょうか。
業務プロセスそのものを見直さずに、現場の善意や調整力に頼っていないでしょうか。
生活背景にかかわらず、社員が成長機会を得られる仕組みはあるでしょうか。
柔軟な働き方は、一部の社員だけでなく、幅広い社員が使えるものになっているでしょうか。
社員の仕事以外の経験や役割を、組織の成長につながるものとして見ているでしょうか。
これらは、制度をひとつ導入すれば解決する問いではありません。
自社の働き方、人材育成、業務設計、マネジメントの前提を問い直すことが必要です。
おわりに
リクルートワークス研究所の『家族×仕事 10年の追跡調査が示す、変わる個人・変われない構造』は、家族形態や働き方の変化をまとめたリポートにとどまりません。
個人の選択は変わっている。
しかし、社会や企業の構造は変わりきれていない。
そのズレが、未婚化、少子化、労働力の未活用、キャリアの停滞、孤立、不公平感といった形で表れている。
このリポートは、その現実をデータで示しています。
企業にとって大切なのは、社員の多様な生活背景を「配慮すべき例外」として扱うことではありません。
・それを前提に、業務を設計すること。
・人材育成を見直すこと。
・柔軟な働き方を整えること。
・仕事以外の人生を尊重する風土をつくること。
社員は、会社の中だけで生きているわけではありません。
だからこそ、これからの組織には、人が自分の人生の中に「働く」を置き直せるようにする視点が必要です。
そして、その視点を持てる組織こそ、これからの時代に、人が集まり、育ち、力を発揮し続ける組織になっていくのだと思います。
引用・参考資料
リクルートワークス研究所
『家族×仕事 10年の追跡調査が示す、変わる個人・変われない構造』
※本記事は、上記リポートの内容をもとに、ライフ・ブレークスルー・ジャパン株式会社として要約・考察したものです。